永遠にアオ

オブラートに包まない言葉たちです。

誕生日

昨日は妻の誕生日でした。

サプライズでハッピーバースデーと書いたバルーンを用意して写真入のマグカップと、白いスニーカーをプレゼントした。

昔みたいに表情や態度で喜んではくれなかったけど、何回もくつを写真とってて喜んでくれたかな?それなら良かったな。

恋人というよりは熟年夫婦ってかんじの関係になってしまったな。
またちゃんと見つめてもらえるまで頑張ろう。心折れそうだけど諦めずに。

靴のセンスがいいねってほめてくれた。

午前から夕方まで義母さんがこどもをみててくれてありがたかった。

利府の新しいイオンモールの、VSパークというとこでおもいっきり遊んで、クタクタになるまではしゃいだ。

からあげの天才ってとこでサンキュー丼をたべて、未来屋書店とスタバのコラボカフェでさつまいもフラペチーノものんで最高だった。

ノーザンで働いてたとき依頼かな、クタクタで眠くなった感覚は。あのときよりは気持ちいい疲れにおもえた。

帰りはケンタッキーとおすしを買ってかえって、いま日記をかいてる今日はニンテンドーダイレクトとモンハンライズのロックマンコラボがあるからたのしみ。

夜はみんな早く寝たから2時間くらい弾き語りの練習してた。ギターはひとりの時間も楽しめるから最高だ。

23時半にねたらちゃんと5時間後に目覚めるという、無駄なくせのおかげで早起きしてる

お風呂でもはいってこようかな。あたまがかゆい。笑

来週は子供の誕生日もあるな、大忙しだ

誕生日

今日9月3日は馬の学校のころにお世話になった大切な方の誕生日!

ちょっと緊張しながら電話かけた。
5コールくらいで出ないかとおもってたら出てくれた

第一声が「ありがとうございます!!」って笑顔で

俺が毎年電話するからそれで自分の誕生日を思い出すって
嬉しかった

65歳になったと言ってた

心があったかくなって、俺もそんな人間になりたいと強くおもう。

コロナでお金がなくなってどこも行けないといってて、俺がたくさんお金をもってくればいいなって冗談話?(笑)をして楽しかった

休み明けの仕事で心身重かったけど一気に軽くなったなあ。

そんなふうになりたい。

がんばろ!!弱音はいてられないな。

電車の中で

終電の1個前の電車でいつも自宅へかえってます。

コロナが蔓延していても電車にはたくさん人。

今日はなんだかイライラしやすくてぜんぜん仕事にならなかった。

なんだろう、気圧?疲労
会社のパソコンで「イライラ 鎮め方」なんて調べては頭を抱えながら働いてた。

いちばん支えてくれてたのは鬱っぽくて辛かったときに妻が書いてくれた手紙と、その裏に描いてある娘のヘンな絵。

パソコンに貼り付けて毎日仕事してる。

ほんとうに彼女らがいなかったらこんなに頑張れなかったとおもう。

そろそろ終点。
今日もおつかれ世の中のみんな!

2年もサボってた

気がついたら、こどもが生まれて、あっという間に2年もたってた。10月で娘も3歳になる。

今までの自分ならありえないことだが、同じ仕事を続けてもうすぐ4年目になる。

今年はついに一軒家も買って4月から住んでる。

前の賃貸は築56年とかでカビとか床のきしみとかすごいし、日光がはいらなくて常に暗かったな。

妻の側の家族と同居することにもなり、とにかくイベントだらけで人生飽きることない日々がつづいている。

昨年は母が病に倒れて、精神的なショックがでかく、嘔吐とゲリをしながら毎日会社に出勤したっけな。
それから一年が経とうとしてる。

ほんとうに家族を支えるということは、お金のことはもちろん心身の健康を自分ふくめて守るってことで大変なことだ。

子育ては他人の話はあてにならず、常に試行錯誤、悩みながらの日々。

楽しくて、やかましくて、かわいくて、心配で、愛おしい娘。

天秤にかける

先日、会社の先輩が希望休を譲ってくれとメールを送ってきた。

『同日に希望したけど貴方のほうが早かったから私のは受理されなかった』

『すでに飛行機をとってしまった。キャンセルしたら手数料もかかるから譲って欲しい』とのこと。



俺としては
「1、同日に希望した証拠が無いどころか後出しのデータが残っている」

「2、そんな大事な話は直接言いに来い」

「3、実の父が遠い北海道から娘に会いに来る」

「4、俺はズルい人間が大嫌いだ(そのくせ自分もズルい)」

「5、大切な予定があるなら何故ギリギリになって交渉してきた(そして他にも休みの人はいるのに下っ端の俺にだけ交渉するのか?)」

「6、希望休には定員があるというルールに違反しておきながら他人のせいにする態度」

「7、飛行機のキャンセル料というものを武器にすれば譲ってくれるだろうという考え」

「8、依頼者が日常的に欠勤を行うような人間であること」

「9、他人を喜ばせるために自分を犠牲にすることは無い」

「10、休みが確定の周知が来てから既に3日が過ぎている」



以上のことを踏まえ1分で審査し、かなり丁寧にお断りした。同じくメールで。


それに対して返信は一切なく、「ああ、断ってよかった」とおもった。

幸いにも、仕事は個人プレーな場面が多いので職場の人間関係が崩れようと居心地の悪い思いをすることも無い。


まずはじめに自分を喜ばせることが大切。
それを忘れたくない。

ついに。

奥さんが破水して病院にいきました。

まだ陣痛きてないってことで自宅で僕は待機です。

「少しでもねるんだよ」って、自分が大変な時に優しい彼女。

そわそわして寝れないんだけどね。笑

なんか今はシャーペンより太い針を刺されたり、色々痛いことされてるみたいです。

注射が苦手だから辛かったろうなー。

周りの人には「これから親になるんだからちゃんとしなきゃ」とか「もうすぐパパだね」とか言われるけど、全くピンとこないんです。

親になる自覚がない、とかじゃなくて。

これから産まれてくるあの子が目に見えない豆つぶだった、人の形をしてないときから僕は親になりました。奥さんにも、子供にもありがとうって気持ちで胸がいっぱいの300日だった。

その時からすでにその子のパパなんです。

10ヶ月以上ずっと愛してきました。もちろんこれからも。

気持ちを文字にすると少し落ちついてきたのでちょっと今のうちに休もうと思います。

グレーなやさしさ

今まで
正直でいなければならない。

たとえ関係が壊れたとしても本音で話すべき

そう思っていました。
表面だけで成り立つ関係がきらいでした。

自分を押し込めるくらいならば誰かを傷つけてしまってもそれは仕方のない事だと
腹の底から気持ちを伝えることだけがホンモノの優しさだと

でも30近いこの歳になって
たとえ偽善だろうが、その場を壊さないための嘘であろうが、その行いによって救われる人がたった1人でもいるのならばそれもありだなって思うようになりました。

それも本当の優しさなのかなって



直近ですごく恥ずかしい事件がございまして
友人の結婚式にて同席した方が、部活の試合で知り合った他校の先輩でした。

「覚えてる?」と聞かれたですが高校の頃の記憶はほとんど無く、同じクラスの人間ですら思い出せない程度でした。
部活で一緒に練習した仲間のことは覚えてるのですが、その場ではすかさず

「覚えてないです」

と答え、他の同席してた方々を凍らせてしまったのです。

気の利く仲間が、「おまえ話し盛ってるだろ」と笑いに変えようとしてくれました。



当時は“本当の事を言って何が悪い”と開き直った態度でした。
今思えば、最っっ低だったなと。


すこし自分を隠すことで幸せな空間を演出できるのであればそれも一つの正しさなのかもしれません。

むしろ、その場で少し我慢することでひらける未来がある。
全く新しい、予想外の展開が起こって勉強になることがあります。


絶対に白か、黒か、ではなくグレーなところで判断できる力も時には必要なのだと学びました。


もうちょっとだけ広い世界を見てみたいとおもいました。